2017年3月22日水曜日

洗濯室鍵に始まる禅問答

洗濯物を洗濯機に放り込み鍵をかけた後、その鍵を無くすという大事件(アメリカの洗濯機乾燥機は共用であることが多く、アパートの住民は洗濯部屋の鍵を持っている)。こんな狭い部屋のどこになくなるのかと自分の理解しがたい行動にイライラしながら1時間探すが、一向に見つからず。

無意識に日頃の行いを振り返り、「何が祟ったのか。。。」と真剣に悩み始める。大家に連絡するか、でも喧嘩になったらいややな。しかも私の洗濯物が洗濯機の中に放置されていせいでアパートの住民が洗濯できないではないか。。困り果ててやむなくお隣さんにメッセージしたら、快く洗濯部屋鍵を貸してくれた。朗らかに「いやー私もこの前ゴミ箱に間違って捨ててたのよー。ゴミ箱見てみた?」なんて言われて、なんだか一瞬和んだ上に案の定冷蔵庫のミトン掛けに行儀よく掛かっている鍵を発見。

禅問答に始まり忙しい1日であるが、ご近所さんの助けになることなんて冷たい東京の街では無かったから、ちょっと温かい気持ちになった

2017年3月18日土曜日

異常に排他的日本人

「日本人の統一性は異常である」

日本についてMBAの授業で聞くのは稀なことではない。多くの場合は、日本の高度経済成長の要因と、現在の停滞の原因という文脈で聞くことがほとんどである。なので話自体はあんまり盛り上がる感じではなく(あくまでも日本人として)、なんだかすみませんねえという感じで話を聞くことがほとんどである。

そんな中、Business & Public Policyで、またまた似たような文脈で日本が取り上げられた。もはや「はいはい」という感じで聞いていたが、一つ教授が言及した「日本の異常な統一性」に関しては、なるほどなあと思うところがあった。それに関して聞いたのは今回が初めてではないんだけど

教授は日本で仕事をした経験があり、そんな中「排他的」な日本人に驚いたという。外国人に対する扱いは結構ひどいし(アメリカみたいに露骨に差別されるというよりは、どう扱っていいのか分からないので関わりたくないという反応が正しいと思うが)や、「我々日本人」という表現を良く使う、のだそうな。教授は「我々日本人ってなんじゃー!?」と突っ込みを入れていた

アメリカやヨーロッパとの比較にすると、なるほど尚更そうだと思う。日本は島国なので物理的に人種の交配が起こりにくかったし、戦後の一時期を除いて他国に占領されたことのない国である。加えて、戦後の政府の施策やそれに伴った高度経済成長が、「我々日本人」というプライド、今では少し奇妙にすら感じる一体感を生み出していった。一つの言葉を話し、人と違うことに異常に拒否反応を示すあたりも、そういった一体感の側面といえる。ある程度「日本人的な考え方」を私ですら話すことができるのは、ある程度の固定観念にまとめられる何かがあるからなんだろう。これは、きっとアメリカではできないだろうな。一つにまるっとまとめられたら、バークレーあたりがデモを起こすに違いない。

そんな一体感に対して誇らしく思う反面、窮屈に思うのはきっと若い人には多いんだろう。戦後の経済成長のエンジンの一つが今停滞感を生んでいるからこそ、アメリカで感じる「みんな違ってみんな良い」という考えに少し憧れる。隣の田んぼ(日本的)は青いということかもしれないんだけど






2017年3月1日水曜日

怠け者に対して

自分にも厳しいし、他人にも厳しい

小さい頃から、両親によく言われたことである。本当の意味がわかったのはもう少し大人になってからだった。

基本的に、頭の悪い人が苦手だと思っていた。というと、かなり性格の悪い人に聞こえてしまうんだが(実際そうなのかもしれないが)、これが一体なんなのかの正体が、やっと最近分かってきた。

頭の悪い人全員に苦手意識があるかというとそうでもなくて、それを努力で埋めようとする人は結果がどうであれかなり好感度を持って接している自分に気がついた。多分それは、同族だと思うからだと思う。決して自分は賢く生まれたわけではなかったので、かなり泥臭い努力が何に対しても必要だった(例えば、記憶力が著しく低いので、学生の頃は単語帳を肌身離さず持ち歩くくらいしないと学校の授業に普通についていけないみたいな)

おそらく一番苦手というか嫌悪すら感じるのは、凡人の頭を持った怠け者。チームにたまにいる、凡人なのに「努力しない人」。準備すらしていないのにミーティングに遅れてくるやつ、どう考えてもしっかり自分で考えてないやつ、「なんとかなる」とチームを当てにするやつ、全部、すごい苦手だ。飛び抜けて頭が良くない限り結局そういう人は戦力にならない。戦力にならないから、いなかった人として死体のごとくほっとけばいいやんってそうなんやけど、ここが難しいところだ。自分が人間として完成していないために、こういう人々に対して感じる「いらいら」が結果として自分の生産効率を下げている。

なんでなん???と思う自分が止められない。必要以上に、そういう人々に厳しく当たってしまう自分を止められない。自分だって完全な人間じゃないのはわかっているのに、どうしてここはいつまでも成長しないんだろう。禅の心で、自分のその時すべきことに集中できないだろうか。結局いろんな人の中で働くということは、怠け者を時として避けて通れないわけだから、そんな人と出会った時に、変わらずパフォーマンスを発揮できて、かつ周りの雰囲気を壊さない人にならないといけない